2015/01/12


今日は朝から菊池家とスカイプ。塩野くんも途中参戦。いつの間にか長々と話してしまって気がつけば1時間半。途中大介のおばあちゃんがチラッと来て、今はすごい時代になったよねぇとしみじみ言ってた。そうだよね、僕らが子どもの頃にアニメや映画で観ていたいわゆる“テレビ電話”ってやつがいつの間にか日常にある。そういえば、先日糸井さんがほぼ日で書いていたコラムが秀逸だった。サンタクロースが空を飛んでくるというすごい前提に今は驚かなくなった。飛行機やグーグルマップでそれのすべてを手に入れてしまった、という話。実際にはもう少し具体的でうまい話だったわけだけど、簡単に言うとそんな感じ。昔の人は空を飛びたい、深く潜りたい、遠くへ行ってみたい、と純粋に強く思っていてそれを歌の中に残したりしてひとつずつ実現して行ったに違いない。僕を含めて今生きている人たちは何を想像して、未来に何を実現して行くのだろうか。これからは今まで作ってきたものをただ壊して行くんだろうか。15年くらい前に誰かがコンクリートを剥がし始めたら新しい人間社会が始まるとか言ってたけど、その気配は今のところないみたい。お正月にFacebook流れで沢山の著名人のお話が入ってきていて、けっこう社会に影響のある人たちが日本には先がないという様な発言をされていた。こちらも簡単に言うと日本は沈みゆく船であるという様な話。その話を肯定も否定もしないけれど、仮にだとしたらそんな中子育てをしようとしている私達は日本で最もナンセンスで無責任な人たちになってしまう。それでは救いようがないと思っていたら、タモさんが日本人には資本主義に少しのアイデアを出して、より優れた新資本主義を作り出すことが出来るって何かで発言してた。そう、そうでないと希望がないじゃない。浸水している船の水をかき出す人生が待っているよ、とは子供やその友だちにはとても言えない。糸井さんがそのコラムの最後で「そのぶんだけ、こころも憧れに近づいたんだろうか…。」だって。まったくその通りだよなぁ。