2015/05/25

It is this summer like day, drive of the coastal road







佳織さんがマフィンをいっぱい焼いて、家から歩いて5分くらいの場所で地元の超ローカルマーケット出店。マフィンとコーヒーおおむね好評。よかったー。楽しかったー。






2015/05/22



小玖有さん同様に長らくお腹から出てこようとしなかった義妹弟の大きな目と手を持つ男の子がようやくこの世に飛び出し、小玖有さんにいとこが出来ました。早速出る杭は打たねばと頭をぺちぺちと叩いたりしてます。そんな時だったので、一年前の事をぼんやり思い出したりしました。立ち会い出産の時の父親って大した仕事もしないくせに誰よりも早く泣き出し、大体の場合泣いているのは父親ひとり、そして、その後狂ったように写真を撮りまくり、人が人を産むという現実を容易に受け入れられずに呆然とするというパターンではないだろうかと思っている(違っていたらごめんなさい、でもそうでしょ)。ここ何年かはシングルだった友人や同僚がパートナーを見つけ、結婚し、家庭を築き、家族を持つ流れがホントに多く、一緒に働いていた仲間の子供たちが将来同じようなタイミングで進学し、社会に出ていくと思うと今からすごく不思議だけど、すごく頼もしい。なぜなら友人たちはすごく素敵な人たちだから。その子供たちだよ、捨てたもんじゃない子供たちに決まってるさ。







2015/05/20

鳥取の場合だいたい何処に住んでいても5分か10分くらい山に向かって走れば農耕地が広がってくる。水を張ったばかりの田んぼとか、遠くの木々とか、野良仕事の合間に道端で話し込むじいさんばあさんとか、廃校になった小学校とか、そういった場所の風景を眺めていると、こんな晴れた日は少し鳥肌が立ってきて、ぼやっとした気分になって、ちょっと泣きたいような気持ちになって、ぐわっと懐かしさがこみ上げてくる。僕は決してそんな環境で生まれ育ったわけではないのに。いつも不思議だなぁと思うのだけど、これって僕の中にある日本人のDNAが懐かしがらせているのかなぁ。みんなもそんな経験ないかしら。






2015/05/15






遅くなりましたが5月10日で小玖有さん一歳になりました。鳥取には一生食べ物に困らないようにという意味を込めた一升餅を背負って筆、米、お金、そろばん、巻き尺を選ばせ、その手に取った物の才に恵まれるという風習というか儀式というか一大イベントがあります。赤ん坊にとって一升二合(2キロくらい)は相当重いはずでしたが、義母の連日の特訓の成果がでたのか、泣く事なく筆と一万円札を選んでおりました。筆は佳織さん、お札は僕の血だと思われます。どちらにしても親としてはすくすく育ってくれればそれでよしです。才能とおかねがあれば尚良し。義妹弟夫婦からは子供グランドピアノをいただいたりして夢は広がるばかり。ひとしきり一歳のお祝いを終わらせて家に帰ったら、すいちゃんのお母さんから贈り物が届いて、らくのお母さんからメールが届いて、遠いところでも小玖有さんの成長を気にしてくれている人たちがいてくれる事にちょっとほろっとなった一歳の誕生日でした。そして、この日は母の日でもあったので小玖有さんは「いつもありがとう」のシールを背中に貼って一日過ごしましたとさ。






2015/05/04










裏の小高い山々が大きなブロッコリーみたいになってきたこの頃。夏のような毎日。何日かはお店の作業は業者さんががんばってくれるので、私たちはぷらぷら。こじんまりしたオーガニックマーケット、鹿野散策、夏泊の高台から海を眺めて、珈琲淹れて、防波堤で魚を探して、公園で小玖有は大いに笑う。






2015/05/02

古い家にきてから、育った家を思い出すのか猫が俄然元気。こないだ帰ったら小さな破れをきっかけに襖にうまーく自分たちが通れるくらいの穴を開けてた。それに触発されたか小玖有さんも障子をベリベリ〜。すいません皆さん、菊池家と違ってうちは賃貸なんですけどねぇ。